思ってることは上がるのか下がるのか。。。

さて、今年も福いただきに行かないとな。1月10日だよなぁー。

 福男が決まったと朝からニュースで流れている。
今年も三日で1年を暮らす神様の稼ぎ時が来た。ニュースを見ながら毎年思うが、この福男レースは福男よりも滑って転ぶ人の方がえべっさんに好かれているのではないかと思っている。失敗しちゃったら来年もまた走りに来るからね。

。。。無職のまま年明けたってことだよなぁ。。。。。。(嗚咽)

。。。どーしてくれよう。。。。。。。涙も出ない。。。

 無事になんとか年を越した。
マツエは年末から妙に活性化して一人で買い物にも出かけていた。
しっかりと年越し蕎麦も食べて、座敷荒らしにお年玉を用意しろとワシに命じてきた。
やはり戦前生まれにとって「正月」というのは特別な期間なのだろう。
眠りから覚めたような活性ぶりだ。しかも、明けて正月におせちお雑煮で朝食をすませると 初詣に行く!という。
わぁ〜、すごいなぁ。。。正月パワーって。。。
ってか、多くの寺社仏閣は山の上やら階段を上りきった先にあるものだ。
どうやってシルバーカーのマツエを担ぎあげればいいんだ?
うちには楢山節考みたいな背負子ないしなー。
ここら辺にある平坦な場所の寺社仏閣は人でごった返しているから、マツエでは本殿に
近づくこともできないだろう。
しばらく頭をひねっていると、ふとそう遠くない場所に本堂までエレベーターエスカレーター完備の有名寺院を思い出した。さすが神様は八百万で、その上に仏まで数多が座している国だ。
素晴らしい。早速、身支度をして出かける。
現地へ着くと案の定人でごった返している。境内への入場制限をしているようだ。
この有名寺院には何度か参拝に来ているが、山門より外で並ぶというのは初めてする経験だった。警備体制が整っているのか長時間待つことなく境内へ入れた。
その後は牛歩でのろのろと本堂前に送り込まれて順番に参拝をする。世間では殺伐としたニュースが流れているが、参拝に居合わせた世間の方々は押し合うこともなく、マツエを見かけるとシルバーカーを押しやすいようにスペースを空けてくれたりした。世の中というのはまだまだ捨てたもんじゃないのだなと感じさせていただく。
やはり、行き過ぎない信心というのは大事なのだ。

本堂前で仏に手を合わせて1年の健康を願いマツエを見ると、シルバーカーにつかまって黙祷をしている。
ああ、もう手を離すことができないんだ。。。
野太い婆さんだと思ってたけど、老いは確実に進行しているのね。。。
人混みの中でふと寂しくなるが、人混みなのでマツエを本堂前から連れ出そうと手を伸ばす。
スカッ!
アレ?マツエさん?手を伸ばした先にマツエがいない!
どこいった!少し目線を伸ばした先にマツエの毛糸の帽子が見える。
この寺院の本堂には銅鑼が並べられていて参拝の時に2、3回鳴らすようになっている。
通常時なら移動というほどのことなく銅鑼に触ることができる。が、今は正月の元旦だ。
ここは有名寺院で山門の外から人が並んでる状態で、この本堂前の間口数尺の所に所狭しと人がひしめいている。そんな状態で銅鑼鳴らしに移動ですかー!
マツエー!!そっちは順路と反対方向だー!
マツエは人混みに沈み、ワシはペッという擬音とともに本堂の隅のスペースに吐き出された。この人混みに再突入は更なる混沌だ、しかし、マツエほっとくわけにもいかねー。
さて、どうしようかとキョロキョロしている内にマツエがノコノコ人混みから出てきた。
すっきりとやりきった笑顔で。。。。。ちゃんと銅鑼は鳴らしたらしい。。。

ふと、マツエの思い出話恐怖劇場の一部を思い出す。かの大戦中の話だ。
空襲の翌日、焼け野原を片付けをしていた大人たちがとある側溝から年寄りを発見する。その年寄りは寝たきりで身動きができないという人だった。大人たちは家とともに焼けてしまったのだろうと思っていたので大変驚いたそうだ。
やっぱり逃げるもんなんやね。。とマツエはしみじみ感想を述べていた。

参道を帰りながらよくよく考えれば、マツエはわしよりも社会人歴は長い。
長い経験が足りない部分を補うのはよく聞く話だ。世間様は思ったよりも親切で、
マツエは思ったよりも野太くちゃっかりしている。。。。

わしは、もう少し自分のことだけを考えてもよいのかもしれん。。。
とりあえず、仕事探すか。。。。

かんがえもおよばないのよ?。。。。

去年の年末、右も左も分からない中デイケアの通所を決めた。契約のハンコをつく段階になって入浴の利用ができないと知る。

え!!!それ一番大事じゃん!先に言えよ!
え、支援の人は入浴サービス受けられない施設?
じゃあなんで、施設見学でお風呂見せてくれたの?
マツエ連れってって、これ本人って挨拶したじゃん!

どーゆーことよ!

これについては、コマドリどもの与り知らぬ大人の事情があった。細かい所は地方や自治体によって格差があるので断言はできない大人の事情である。ことを前置く。
介護の場合、介護度合いというものが存在しその認定と介護保険の割合で請求しても良い利用料が月額で決まっている。(あくまで施設の利用料であってその他オプションは別)その利用料に風呂場も含まれるのだが、支援認定には入浴に関するオプションがつけられない。そうなると、職員の手は取られるのに金が取れない。ということになり施設としては儲けがない状態になる。悪く言ってしまえば骨折り損のくたびれ儲けなので、施設によっては支援認定の人は入浴利用をお断りします。な所がある。老健施設の経営手段なのだと思うがこれについては、世間一般で言われている色々な風の噂も含めて考えて安易に良し悪しを判断できない。
駄菓子菓子。。。。先に言えよ!全くもって先に言え!
そっちにも経営手段や手法はあるし、それについての賛否両論は世間様の言い分に任せるよ。でも、先に言え!!その一言に尽きる。こっちの選ぶ権利が阻害されてんだろうーが!!知らなきゃ選択もできんだろ!!
風呂に入ったと思い込むマツエのために施設選んでんだよ!!
先行きのこと考えたら入居施設ついてるほうがいいと思ったからお前んとこにしてんだ!(※2)
クソ!目の前には施設の人とケアマネとマツエがいる。
契約書は印を押すだけの状態だ。
クソ!クソ!ここでまた話を白紙に戻してどうなる!汚部屋は!マツエは!このコマドリ自身は!クソ!
なんか施設のサトーがなんか言い訳してるけどさぁ。あー。脳内で考えることが多くて耳に入ってこないわ。確認しなかったワシも悪いけどデイケアと風呂はセットだとど素人は思うじゃん。てか、フツーは介護は皆素人だよ!右も左もわからんよ!!最初の手続きで不備があった段階で考えりゃ良かったんだけど、施設の綺麗さとかは良かったし、マツエがここの施設がいいつったからさ。。。。施設のサトーがまだなんか言ってる。黙れ。。。コマドリは瞬時に考えまとめないといけないんだからさ。
結局、契約書に印をつき週に1回デイケアにマツエを通わせることになった。週に1回でも家から出てくれないと汚部屋が片付かない。ゴミも捨てられん。
施設のサトーは週に一度でも外出の習慣だと思って、などとのんきなことを言っている。
サトーお前ヨォ、風呂に入ったと思い込んでる戦前の年寄りどんだけ手強いと思ってんだよ。竹槍と気合いででB29の鉄翼貫けると思ってんだぞ、バケツリレーで石油原料の火種消せると信じてんだぞ。それってもうすでに信仰の域で、信仰がどれほど手強いかってのCNNやらBBCのニュースでやってんだろ。
もとい。。。しかも、忘れるし理屈通じねーし。
クソが。。。。。。コマドリ負担しか感じねーよ。

その後、のらりくらりとマツエは施設の職員さんにちやほやしてもらいながら通所を続けている。いろいろと施設への不満はあるがプロはプロなんだなと思う。デイケアに通ってくれたおかげで半年かけて汚部屋を片付けることができた。
1年経って、毎月だった脳神経外科の通院が3ヶ月になり半年になりこないだ1年ごとでいいでしょうになった。普通だったら喜んでいいのだが、マツエの場合はこれ以上良くなんないってことだもんなぁ。。。認知症以外の症状の安定しているってのもいいんだか悪いんだか。。。。
去年よりも認知機能はしっかりと衰えていて、長谷川式(※)の点数が去年よりも落ちている。予想されていたこととはいえ、現状維持の儚い希望も薄らいでゆく。。。。。
マツエは四半世紀生きている。あちこち衰えても自然なことだ。しかし、記憶や文化や理性が欠け落ちてゆくというのはなんと恐ろしいことなんだろう。。。。。戦中の港町の小学生の嗜みの手旗信号も覚えてないんだろうなぁ。。。。。。。

さみしいねマツエさん。。。。

(※)関係者各位はハセガワシキハセガワシキと当たり前の呪文のように唱えている。正しくは「長谷川式認知症スケール」といい、業界の重鎮である医師が考案した。かなりの確率で認知症のレベルや種別が選別可能で初期医療の目安になる。ただ、あまりにも業界では有名なので知っている人は予習してテストに及ぶ場合があるらしい。笑い話カイ!
(※2)どうせいずれ(5年後かそこら)、どこぞの特養に入居も視野に入れて考えていたので入居施設が併設されている所(交通の便が良い市内)を選択しました。ま、その時はそう考えていたんですね。のちに知ったのですが、コマドリの住む自治体では支援認定では入居どころかショートステイも使えません。入居については通所をしてる施設からその系列施設に持ち上がりは関係ないようです。本当にどういうシステムでできてんだ。

 

 

ないものはないあるものはある。。。。

バタバタと日が過ぎていくが、毎日エライ目にあっているような気がする。 気のせいだろうか。
マツエの介護が必要になった時、近所に住んでいる介護の先達から なによりもどんなことよりも「金銭」の処理を一番に考えろと アドバイスをもらった。 その時は、鼻を垂らした馬鹿小学生よろしく、はぁ〜そんなもんですか〜。 と理解の及ばないままフンフンと返事をした。
ただ、コマドリは大変大変心根が素直だったので、その先達のアドバイスに 従った。現在、そのアドバイスに心底感謝をしている。
世のコマドリの同胞たちよ、この先達のアドバイスほど我と我が身を 助けるものはない。 どこの誰に金にがめついだとか守銭奴とか金の亡者だとか罵られて とがめ立てられようとも、恥じることや後ろめたさを感じることなど 何一つない! さぁ、親がどこの携帯電話屋と契約してるのか、な所から捜索だ! 。。。。トホホ

振り返って現在。
いや〜。また、えらい目にあってしまった。なんつーのかなー。 なんで今?少し生活が落ち着いたと思ってたのよ?誰か見てる?って感じ。 まぁ、こんなの今に始まったこっちゃないし。コネタの神様に撃滅に 愛されてると解った時から同じようなことが何度もあった。 ああ、メンタルばかりが無駄に強くなる。。。。。トホホ。。。。
先日、出先で座敷荒らしという名の高校生(実子)から連絡を受けた。 『ばあちゃんがおかしい』うん、今に始まったこっちゃないよ。
電話の様子から急を要するらしいので、慌てて自宅へ戻った。 戻ると、床にへたり込むマツエと眉毛がハの字になっている座敷荒らしがいた。 話を聞くと、マツエは便秘で1週間排便がなくトイレと部屋を往復している らしい。その度に力むもんだから色々とヘタれているようだった。
マツエには脳出血脳梗塞などの既往症があるので、ここで変に力まれて 脳疾患の再発などを招きたくない。
へたり込むマツエに摘便に行くことを提案しトイレの往復を控えるように 進言する。しかし、マツエは認知症だ。進言がきくようなら、世に介護疲れ という言葉はなく老老介護の果てに無理心中などという痛ましい事件も 激減するだろう。
こちらの進言など聞く耳を持たない。 開業医の午後の診療時間を迎えるまでに、まぁ、その後1時間以内かな? 進言を物ともせずトイレへの往復を繰り返し、とうとう立ち上げれなくなった。
仕方ないので救急車のお世話になることを選択して救急車を召喚。
マツエの「救急車なんか乗らないからね!」という捨て台詞に激怒しキュウキュウシャジャナクテレイキュウシャガソウオウナノニゼイタクコイテンジャネーヨクソババァという言葉を口から出しそうになったが どうにか飲み下し救急車を待った。
救急の人が来て状況を聞きながらマツエの搬送を準備してくれる。 救急の人に現状説明しながらマツエを振り返ると、さっきまでパジャマで へたり込んでいたのがちゃっかりと着替えている。
この時の天を衝くほどの怒りと気まずさはどう説明したらいいのかが わからない。 ババァ!さっきまでへたり込んで救急車の世話になんぞならん つってたんじゃねーのか!
怒りは度を越すと感情として機能しなくなり表情が能面のようになる。 こういった類の静かな怒りというのは話に聞いたことはあるが経験するのは 初めてだ。なんとも不思議な感情なのだなぁ。。。。。 今なら無感情のまま後悔なくインドラの矢が降らせられるかも。。。。 世界の滅亡の引き金が認知症のババァのせいなら、この世の無辜の民の怒りは この静かな怒りの比ではないだろうな。。。。。 怒りは行き過ぎると冷静になるというのも本当なのだな。
と、どんどん不必要な 経験値を積み上げている間に救急病院にたどり着き、ストレッチャーが 処置室へと吸い込まれる。
救急隊の人に礼を言い処置室の前で必要な手続きをする。
しばらくして看護婦さんが、コマドリの前に来て言いにくそうに口を開いた。 「おかあさん、その、認知症とか患っておられませんか?」
コマドリは胸を張り堂々とこう答えた。
「はい!認知症です!」
拍子抜けしたのか疑問が氷解したのか看護婦さんは、ああ、というような表情を する。
「必要書類を書かれたら処置室にお願いします。その、受け答えがチグハグで。。」
そりゃそうでしょうな。認知症ですから。
コマドリが処置室に行くと、不可解な顔をした医者が二人もいて搬送に至った 経緯を聞かれた。 まぁ、糞詰まりで力みすぎてなんらかの不具合なんですが、物が二重に見えたり とか嘔吐とかしてないので内科に搬送してもらいました。ということを丁寧語で 説明した。医者に少し気の毒な顔をされたが、まぁ、こういうのも慣れていかない とね。。。
結果としては、便秘自体が認知症特有の思い込みで糞詰まりの事実はなかった。 便秘であると思い込んだマツエは朝からトイレの往復をし、出もしないモノを 出そうとして自分で体調不良を招いていた。
もうすでに、感嘆符すら出ない。。。。。
大事には至らなかったが時間と感情の消耗が激しくとても疲れた。 これだけ大騒動しても、後に残るモノはあまりなく残ったモノといえば 搾りかすのようになったマツエと括約筋の副作用としての便モレ、病院の支払いと 医療スタッフの同情。。。。。。
全てが虚しい。。。。。

でも、こういう思い込みって認知症の特有の症状だけど、どうやって 防げばいいんだろうか。。。
ああ、とりあえず、今はおむつの心配だな。。。
いずれおむつもと思っていたけど早すぎだろ。。。トホホ。。

 

 

口をついた言葉は何処へいくのか。。。。

仕事を辞めてぼちぼち1年経つ。会社には諸事情で恨言があるので
心密かに倒産しろと念じている。
まぁ、私が念じたところで象に爪楊枝で挑むようなもんだから安心して
倒産しろと思っている。実際に倒産したらびっくりするけどね。

会社を辞めてから、マツエの認定を受けることができた。
市町村によってやり方が違うのでなんとも言えないが、在住して
いる市町村では支援1だった。
一応認知症の初期だと診断されたと伝えたけれど介護度合いは
そのままだった。マツエは体が自分の意思で動かせたので、それが
介護度合いが上がらない理由だった。
え〜〜〜〜。と思ったけれど、身体の自由が効かない人から介護の
重要性をあげていく、と言われれば納得いくいかないに関わらず
返す言葉もない。介護の度合いが上がればそれに応じて料金も
値上がりしていく。だから最初はこれでいいのではないですか?と
やんわり言われて渋々黙った。
鍋を焦がしてしまうマツエに家事をさせるのは危険なので調理が
できない。だからできるだけ多くデイケアに通い、昼食を用意する
回数を減らしたかったのに。。。。どんどん、わしの就職が遠ざかっていく。

そういえば、大昔。。。父が死んだ時にマツエは生活保護の申請に
役所に出向いた。程なくして怒って帰ってきたのだが、その時の
役所の担当者の言い草は今でも覚えている。
「あなたが病気になったらもう一度来てください」だそうだ。
当時、マツエは専業主婦で父は長患いの末に亡くなった。私は小学生だ。
当時の家計は推して知るべしだ。とりあえず、当面の生活をどうにか
するべく国民の権利として生活保護の申請をしに行ったのだが、
マツエが健康であることなどを理由に申請すらさせてもらえなかった。
その後、マツエは折に触れその時のことを怒っていたりするが、
その怒りを労働へと転化させることができ、結果として現在の年金を
確保している。塞翁が馬とはよく言ったものだ。。。。
だいぶ時間は経ったけど、本人が病気になってから窓口に行ったんだから
少しは融通きかせてほしいな。と思う。

経験が自己を育てている。。。?

お盆バカンス満喫。つっても毎日が日曜日だからなぁ。
今んとこ。。。。涙も出ねーよ。

去年の夏は今年ほど暑くはなかった。暑いのは暑かったけど
昼間の外出に危険を感じるほどの暑さではなかった。
でも、暑い暑い危険危険つってても無理をしないで通常の健康体で
あれば、そこそこ慣れるもんだ。と思った。以外と人間はしぶといもんだわ。

マツエが鍋を焦がし、マツエの言動がおかしいと叔母(タケミ)から
連絡があり、とうとうマツエ自身が自分がおかしいと言いだした頃も
暑かった。。。
そこからマツエの人生トレースが始まった。始まったけどさ!
最初の段階なんてどこで電気代払ってるかもわかんなかったよ!
マツエに聞いても返事はサァ?だし!ブリテンの敬称かい!!
2年前の領収書を頼りに関西電力に問い合わせてみたら
ご契約がありませんときたもんだ!
電力の自由化で安いとこ乗り換えたんだ!ってかいつの間に
どこに乗り換えたんだ!
どーすりゃいいのさ!どこから調べりゃいいのさ!なのに、
部屋の捜索は頑として受け入れないマツエ。。。。
そんなとこで、鉄の戦闘機を竹槍で落とす根性見せなくていいから!
戦前教育の有能さをこんなところで実感したくなかったわ〜。

電気代はラッキー(?)なことに、電気代払われてないから
止めますよ。のお知らせでどこと契約しているのかが分かった。
私自身、若い頃に電気代未払を理由に電気止めます通知をもらったことが
なかったら、数多くのダイレクトメールに紛れて見落としていただろう。
世の中無駄な経験はないとの名言がある。まったくもってその通りだが、
トホホな気分だ。

回帰する先。。。

健康診断行ってきた。
病気と貧困は人類の敵なので、可能な限り関わりたくない。
でも、今無職なんだよねー。貧困が向こうからじわじわ
近づいて来る悪寒。。。
こないだアルバイトに応募したけど応募して2時間で
不採用の連絡がきた。。。。どーしろつーのよ。
せめて病気だけでも防ぎたいわ。

今年もお盆が来る。去年のお盆にハハ(マツエ)の認知症が発覚した。
つーか、ああやっぱりだったけどね。
その当時の脳内計画では、秋までに生活諸事をきれいに片付けて、
同時に ケア施設に通わせて冬にはマツエの生涯計画(金やら健康やら)
を万全にして年を越す。ってな予定だったんだけど。。。。
無理だったねー。当時は半年もあれば余裕!だと思ってたのよね。
無知って力強い原動力だけど恐ろしい。。。
諸刃の剣とはよく言ったもんだわ。。。
ちっとも思う通りに進まねーよ!!
最初の認定検査のところから 予定ずれまくりだよ!
申し込んでから査定まで1ヶ月かかる場合も ありますって市役所の
ホームページにでも書いとけよ!
すぐに認定してもらえると思っちゃったよ!
でも、どんだけ年寄り多いんだ!!

親といえども、一人の人間の人生をトレースしながら、健康で文化的な
衛生の保たれた生活を送らせるなんて、仕事しながらじゃとても無理だ!!
コマドリ一人しかいねーもん!!
何するにしても一人で右往左往だよ!
当然つや当然だけど、肝心のマツエはすでに当てになんねーし!
そりゃさ、いくら事情が事情でも勤務先だって慈善事業じゃないんだから
肩身の一つも狭くなるよ。辞めざるを得ねーじゃん。
まだ、辞めた当時は年明けには再就職の予定だったんだよな〜。
でも、予定ずれるは意外な新事実は発覚するわ。仕事辞めて
すぐに脳内計画総崩れ。仕方ないので、現実当たって砕けろ計画に
変更したけど砕けてばかり。
で、1年経ったけど。。マツエの介護計画は約6割ほどの
達成しかしてない。しかも、マツエの介護計画ありきの就活予定
だから再就職が思うようにできない。
マツエは一生懸命働いていたので年金が生活を守るだろう。
が、マツエが天寿を全うした後のコマドリはどう生活を守ればいいのだろう。

仕事がない。。。
わぁ〜。。コマドリピンチじゃん。。。。。。

 

あ。わしか。。。。

かの有名なマザーグースの詩で、こまどりのくだりを
知らない人はいないだろう。

誰がコマドリを殺したの
それは私

と、スズメが潔く犯行を自供するところから始まる。
メルヘンの世界だからスズメは罪に問われず、
心優しい隣人たちによってかわいそうなコマドリの
葬儀が淡々と美しい流れで行われていく。
何か問いかけるたびに、それぞれの該当者が正直に
包み隠さず答えてゆく。

ソレハワタシ。。。。。。。。。と

ふと、現実世界の該当者である「私」は、すべての
問いかけに答えなければならない立場であると思い至った。
そうだよね。兄弟姉妹がいないから、家のパーソナル
スペースに余裕があって私物が勝手に使われることが
なかった。一人っ子だから片親でも最終学府まで進学できた。
おやつも、テレビのチャンネル権も他者に譲った覚えがないよ。
多分ここから先も争うどころか話し合いをすることもなく、
動産不動産その他家の中のゴミまで私のものだ。

そして当然のごとく介護もな。。。

わぁ~、これってなんて無理ゲー。
全部ワシひとりじゃん。当然だけど。
動産不動産つったって、築年数がワシよりも
年上の経年劣化が否めないマンションと年金だけじゃん。
ワシ絶賛無職だし。
世の理不尽を嘆こうとも、我が身の経済状態が悪いのを

叫ぼうとも、心優しい隣人が生えてくるわけでなく
状況は変わらない。
どこをどう足掻こうとも、現実社会の該当者だ。
どうにかして親の介護という難題に挑むしかない。

さぁ、頑張れワシ。
どうせ一人だ。
誰も文句言わん、嘆こうとも喚こうとも誰も気にしない。
それだけが頼りだ。

。。。。。。多分

はじめるとしよう

ども〜。
さてさて、何から語ればいいものか。

とりあえず、ここのブログの趣旨を。。。。
介護ブログです。私が介護してます。
多分、津々浦々の方々が経験している介護より
あまっちょろいと思います。
でも記録代わりに書いていこうと思います。

全国のご同輩の方々。どうせそう簡単には
終わんないんですから、同調して共鳴して
共にブーたれましょう!!